逮捕から起訴について
逮捕から起訴の詳細について
ここでは、逮捕から公判請求(起訴)までの流れをご説明いたします。
分かりやすいように、川上拓男(45歳、仮名です。以下すべて仮名)さんが、2012年10月1日の午前11時頃、さいたま市内の書店でCDやDVDなど合計2万5000円分の商品を万引きしたという事例に基づいてご説明していきます。
なお川上さんは会社員で、妻も子ども(5歳)もいます。
逮捕
川上さんは警備員に呼び止められましたが、万引きしたことを認めなかったため、警備員と言い争いになりました。
そこへ通報で駆けつけた警察官が、川上さんにバッグの中を見せるよう要求したところ、バッグの中からCDなどの商品が出てきました。
それでも川上さんは万引きを認めませんでした(否認といいます)。
そこで警察官は窃盗の容疑で川上さんを現行犯逮捕しました。
- 〔トピックス〕準現行犯逮捕
- 川上さんを逮捕した警察官は万引きの現場を目撃していたわけではありませんが、「罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる場合」には準現行犯逮捕が可能です。
警察による取調べ
警察官は、川上さんに弁護人を選任できること、黙秘権があることを説明した上、窃盗容疑について川上さんを追求する取調べを行いました。
川上さんは、警備員に現場を見られていたことなどから、これ以上否認することは出来ないと考え、認めることにしました。
警察官は、川上さんに質問をして聞き取った内容のうち、必要と考える部分をパソコンに打ち込みました。
入力が終わると印刷をして、「内容に間違いがないか聞いていて」と言ってから、朗読を始めました。
この書面を供述調書といいます。
供述調書を最後まで読み終わると、「間違いなければ、ここに名前を書いて」と言いました。
川上さんは、聞いた内容が大体間違いないと思ったので、署名と左手の人差し指で指印をしました。
- 〔トピックス〕弁護人選任権
- 弁護人選任権は、憲法34条で保障される極めて重要な権利です。
裁判所も弁護人選任権の侵害については厳しく対処します。 - 東京地裁が、弁護人選任権を侵害したことを理由に無罪とした事件を紹介します。
- <事案>
覚醒剤所持の事件で疑われた人が職務質問の際に知り合いの弁護士に電話をかけようとしたのを警察官が妨害した事件で、裁判所はこの違法を重視して、その後に収集した証拠は証拠能力がないとして無罪を言い渡しました。 - <判決文の引用>
「あくまで任意の処分である職務質問及び所持品検査において,弁護士に連絡して援助を求めることは,対象者にとって極めて重要な権利といわざるを得ない。憲法34条は身柄拘束の際の弁護人依頼権を保障しているが,身柄拘束に至る以前の任意処分の段階における弁護士に援助を求める権利は,この憲法の条項によりなおさら保障されていると解すべきである。このような見地からみると,本件証拠の収集には令状主義の精神を没却するような重大な違法があり,これによって収集された証拠の証拠能力を排除しなければ,同様の権利侵害が起き得る可能性が残ると評価すべきである。
(中略)
以上によれば,本件各公訴事実については,被告人はこれを認める供述をしているが,これを補強する証拠がないことになるから,犯罪の証明がないことに帰し,刑訴法336条により被告人に対し無罪の言渡しをすることにする。」
(東京地裁判決2009(平成21)年10月29日刑事法ジャーナル24号116頁)
- 〔トピックス〕供述調書の怖さ
- 取調べで警察官や検察官が作成する供述調書は、「私は、○○です」「私は、△△ということをしました」という文章です。
そこに書かれている内容は、取り調べを受けた人が話した内容そのままではなく、取調官が重要と思う点についてまとめた文章です。 - 取調官は、都合のいい点だけを書き、内容をゆがめてしまうこともあります。
- 署名押印のある供述調書は刑事裁判で証拠となります。
刑事裁判で、供述調書の内容が自分の言い分とは違うと言って弁護人が必死に争っても、裁判官は簡単には信じてくれません。
内容を読んでもらって間違いないということで署名押印したことになっているからです。 - 法律は、内容に間違いがあれば訂正してもらう権利を保障しています(刑事訴訟法198条4項)。
また署名押印を拒絶する権利も保障しています(同条5項)。
ですので、すこしでも疑問が残れば供述調書の署名押印を拒否してください。
弁護人がいれば、どういう場合に署名押印に拒否すべきかアドバイスをすることが出来ます。
- 〔トピックス〕黙秘権が保障されています
- 憲法38条1項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」として黙秘権を保障しています。
これを受けて刑事訴訟法198条2項は「取調べに際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない」と定めています。
一切の質問に対して、何も答えず黙っていてもよいという権利です。 - 黙秘権を行使することで不利益に扱ってはいけないとされています。
ですから、身に覚えのないことや事実と異なることを追求されていたりして不安に感じる場合は、堂々と黙秘権を行使して下さい。 - 「事実についてきちんと話しをすれば分かってもらえるはずだ」は通用しません。
自分が無罪であること、取調官が言っていることが間違っていることを証明するために、色々と取調官に説明するのが通常の人でしょう。
しかし言い分を供述調書にしてくれるとは限りません。
それどころか取調官は供述の間違いや矛盾点を見つけ出し、そこを追求してきます。
「あいつは違うことを言っているぞ」「その日は記録によるとここにいたはずだぞ」などと。
人の記憶は曖昧なものです。
すべての事実をなんの間違いなく話すことなど出来ないのです。
ですから、黙秘権を行使することは自分の身を守るためにとても重要なことです。 - そうとはいっても、プロの捜査官である警察官や検察官に対して黙秘を貫くというのは簡単なことではありません。
そのために弁護人がいるのです。
弁護人は身体拘束を受けている方を全力でサポートし、この事実は話すべきか、ここでは黙秘権を行使すべきかなど具体的にアドバイスをします。
弁護人選任
夜7時になって、警察は川上さんの妻一子さんに電話をして、窃盗で拓男さんを逮捕をした旨を伝えました。
一子さんはすぐに面会したいと警察官に言いましたが、警察の規則で午後4時以降は面会できないと言われてしまいました(警察署によって一般面会時間が異なる場合があります)。
困ってしまった一子さんは、実家の両親に相談したところ、知り合いの甲野弁護士に相談してみるようにいわれたので電話をしてみました。
甲野弁護士は電話で事情を聞くと、すぐに警察署に向かい、留置管理課で面会を申し込みました。
夜8時を回っていましたが、先客の弁護士が面会していたため、30分待たされてやっと拓男さんと面会することが出来ました。
甲野弁護士は川上さんに事件のことを聞き取りました。
川上さんは仕事のストレスからむしゃくしゃして万引きをしてしまったと言いました。
甲野弁護士はこれからの手続きがどうなるかを説明しました。
- 〔トピックス〕逮捕から起訴までの流れ
- 逮捕→検察官送致→検察官による勾留請求→裁判所による勾留決定(10日間)
川上さんの場合は、事案が軽微であること、前科がないこと、定職に就いていて家庭もあることなどから、検察官に勾留請求せず釈放するよう申し入れることにしました。
さらに、以下の内容を聞き取りました。
- ・仕事やこれまでの経歴
- ・家庭の状況・事情
甲野弁護士は接見を終えて事務所に戻ると、身元引受書等の作成のため妻の一子さんを事務所に呼びました。
まず弁護人選任届にサインしてもらい、委任契約書を取り交わして着手金を受け取りました。
次に一子さんからも話を聞き、川上拓男さんの場合は以下の事情を元に、検察官に勾留の要件を満たさないことを訴えることにしました。
- ・被害店舗に対して被害弁償をするつもりであること
- ・高校卒業後、現在の会社で27年間まじめに働いてきたこと
- ・一子さんは専業主婦で、家計は拓男さんの給料に頼っていること
- ・10年前に購入したマンションのローンが残っていること
- ・5歳の子どもがいること
- 〔トピックス〕勾留の要件
- 勾留するかどうかは勾留請求を受けた裁判官が判断しますが、以下の要件をすべて充たす場合に行うことができます。
1.被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある
2.次の少なくともいずれか一つにあたる
(a) 被疑者が定まった住居を有しない
(b) 被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある
(c) 被疑者が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある
3.以上に加えて、勾留の必要性がある
川上さんの場合は、万引きを認めていますから1.は充たしてしまいます。
2.(a)は、持ち家に家族と暮らしているから充たしません。
そこで検察官は、2.(b)証拠を隠滅してしまわないかどうか、(c)逃げてしまわないかどうか、3.勾留の必要性があるかどうかという観点から勾留請求をするかどうかを判断することになります。
甲野弁護士としては、先ほどあげた事情を元に、上記のいずれの要件を満たさないと検察官に宛てて意見書を書くことにしました。
さらに一子さんの話をまとめた陳述書と拓男さんが釈放された場合は妻としてしっかり監督する旨を誓約した身元引受書を作成しました。
また被害弁償金として1万円の現金を預かりました。
検察官送致
事件翌日(10月2日)の午前10時、川上さんは護送車でさいたま地方検察庁へ送致されました。
これを検察官送致といいます。
刑事訴訟法205条1項は、以下のように定めています。
検察官は・・・被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。
つまり、①まず弁解の機会を与え(弁解録取といいます)、②24時間以内に勾留請求するか釈放しなければなりません。
ここで時間制限が24時間以内となっていますが、一部の重大事件を除いて、①の弁解録取に引き続いて②勾留請求をするのが一般的です。
そのため実際には24時間の余裕はありません。
弁護人としては、検察官に送致されたらすぐに動き、勾留請求しないよう検察官に働きかけをしなければなりません。
10月2日の午前10時、甲野弁護士は担当の前田検察官に意見の要点を伝えた上で、面会したいと申し入れました。
なお昨夜のうちに、勾留請求しないよう求める意見書と添付書類を検察庁宛にFAXしてあります。
前田検察官は13時であれば会えるとのことでしたので、面会する約束をしました。
示談交渉
甲野弁護士は、示談交渉のため被害店舗の店長に電話をしました。
謝罪の意を伝えた上で被害弁償の話をしましたが、被害品は傷もなく戻っているので弁償は不要であるし、店舗の方針として万引き事件では示談をしないこととしているとの返事でした。
甲野弁護士は、何とか示談をしてくれないか頼みましたが、示談は絶対にしないとのことでした。
そこで、店長とのやりとりについて示談状況の報告書を作成し、前田検察官に提出することとしました。
検察官との面会
甲野弁護士は、意見書の原本や示談状況の報告書を持って前田検察官の部屋を訪ねました。
そして前田検察官に書類を手渡し、意見書の趣旨を説明し、示談状況を報告しました。
甲野弁護士は、本件で川上さんが長期間(最低でも10日間)の勾留をされてしまえば職を失い家族が路頭に迷う結果となる危険性があるのだから、勾留することは行き過ぎであり勾留の必要性を充たさないと力を込めて述べました。
前田検察官は「分かりました。検討します」と言いました。
釈放
甲野弁護士は、午後4時に前田検察官に電話をしました。
「勾留請求はしないことにしました。すでに釈放の手続をしました」との答えが帰ってきました。
(注:検察官は釈放することを決めても、弁護人に連絡をしてくれないのです)
甲野弁護士は早速、一子さんに電話をして、川上さんが釈放となるので警察署に迎えに行くように伝えました。
その後、夜7時になって、無事釈放になったとの電話が川上拓男さん本人から入りました。
家族も弁護人も、ホッとする瞬間です。
不起訴
その後しばらくたって、川上さんは不起訴処分(起訴猶予)となりました。
(注:検察官は不起訴処分をしたことについても、こちらから請求しないと教えてくれません)
- 〔トピックス〕不起訴処分
- 不起訴処分とは、公訴を提起しないつまり刑事裁判として裁判所に起訴しないという検察官の処分です。
検察官は、担当の事件について処理をしなければなりません。
不起訴処分もこの処理の一つです。 - 不起訴処分は、不起訴とした理由によって以下の3種類があります。
(1)嫌疑なし:被疑事実について「被疑者がその行為者でないことが明白なとき」又は「犯罪の正否を認証すべき証拠のないことが明白なとき」と判断した場合
(2)嫌疑不十分:「犯罪の成立を認定すべき証拠が不充分なとき」と判断した場合
(3)起訴猶予:証拠が充分でも「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の状況により訴追を必要としないとき」と判断した場合